法律は常に気にしよう
法律には、「法の不知を許さない」という原則があります(参考:刑法38条3項)。
これを分かりやすく言いかえると、「罪を犯してしまった際に、法律について知らなかった、という言い訳は許されない」ということになります。
この記事では、美術の制作や展示において、アーティストや展示者が直面しやすい法律や権利問題などについて、アウトラインをさらいながら、いくつか簡単に紹介していきます。
こんな事例がある
展示の安全や創作・発表に関する事例
東京デザインウィーク 火災事件
2016年に開催されたアートイベント「東京デザインウィーク」では、木材とプロジェクターを組み合わせた展示物の火災により男児が焼死し、関係者が業務上過失致死罪で書類送検されました。
外苑火災事故、法的責任を問われるのは誰か(東洋経済オンライン)
著作権に関する事例
漫画村事件
「漫画村」というサイトは、主に日本国内で出版されている漫画の画像データを無断でネット上に掲載し、誰でもダウンロード・閲覧できる状態で発信していました。これにより、運営者は著作権侵害の疑いで逮捕されています。
「漫画村」運営者?星野容疑者を逮捕 著作権法違反容疑 (朝日新聞デジタル)
猥褻表現に関する事例
女性器の3Dデータ送信による刑事訴訟
2014年ごろ、現代アート作家のろくでなし子氏が女性器をかたどった立体造形物の展示を行いました。また、アートワークの一環として、女性器を3Dスキャンしたデータを送信したり、それを記録したCD-Rを販売・頒布しました。
これらは刑法175条(わいせつ物頒布等)に問われ、起訴されました。
裁判の結果、前者の作品展示行為は無罪・後者のデータ送信は有罪、と判決が下されました。
ろくでなし子裁判・最高裁判決は何を裁いたのか ――刑事罰は真に必要なことに絞るべき(YAHOO!JAPAN ニュース)
販売契約に関する事例
千住博氏・Whitestone Gallery間の契約問題
2016年、Whitestone Galleryを運営する株式会社が画家の千住博氏に対して「専属的制作販売義務に違反した」として、訴えを起こしました。その後、千住氏は東京地裁から約2億3460万円の支払いを命じられています。
リンク先の記事では追記として、
「2020年10月27日追記:関係画廊から、「令和2年3月12日に東京高等裁判所において、双方に一切の金銭の支払いがないなかで円満に和解が成立し同訴訟は終結した」との情報提供がありました。」
と、しめくくられています。
裁判所はどのように契約書を解釈したのか? 千住博事件東京地裁判決を読み解く(美術手帖ウェブサイト)
その他法律に関する事例
イリーガルアート展
現代アートはその特性上、あえて法にふれるような作品も少なくありません。
2003年、サンフランシスコ近代美術館ではそんな「イリーガル・アート」ばかりを集めた展覧会が開催されています。
著作権や商標に挑戦する『イリーガル・アート』の展覧会(WIRED)
だいじょばないポイント
展示の安全面に注意しよう
まず、展示者には、鑑賞者の安全を確保する責任があります。
この責任というのは、(あくまで一例ですが)以下の法的な責任に関わります。
・不法行為責任(民法第709条)
・業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)
・過失致傷罪(刑法209条1項)
・過失致死罪(刑法210条)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法第709条
「不法行為責任」とは、簡単に言うと「わざと(又はミス等によって)、他人の権利や法的に保護される利益を侵害した際には、その損害を賠償する責任がある」ということです。これは、民法の規定に従ったものです。
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁固又は100万円以下の罰金に処する。
刑法211条1項前段
「業務上過失死傷罪」は、業務上必要な注意を怠ることによって人を死傷させた場合に成立する「犯罪」です。これは刑法の規定に従って、処罰される可能性のあるものです。
※ここでの業務とは、簡単にいうと「その行為を継続すること」を指し、有償・無償を問いません。さらに、社会的に継続して活動している、あるいはその予定があれば、その第一回目で人が傷付いたり死んでしまった際にも、業務上過失致死傷罪が成立する可能性があります。
では、「美術を専門としない人による一度限りの、「業務」と見なされないような展示ならば、人を傷つけてしまっても責任は生じないのか?」というと、もちろんそんなことはありません。
その場合は、過失致傷罪(刑法209条1項)、過失致死罪(同法210条)に問われる可能性があります。
この場合、それぞれの量刑は
過失致傷罪→30万円以下の罰金又は科料
過失致死罪→50万円以下の罰金
となっています。
業務上過失致死傷罪よりは軽い刑ですが、「過失により人を傷つけたり、死亡させてしまうと刑事上の責任に問われる」ということには変わりありません。
つまり、もし展示によって人を怪我させたり死なせてしまった場合には、それが業務にせよそうでないにせよ、民事責任を追及される可能性も、刑事責任を問われる可能性もある、ということです。
消防法や施設のルールなどに注意しよう
鑑賞者の安全保護に関連して、屋内展示では、建築基準法や消防法などの法令・当該法令に関する各地方次自治体の条例等に配慮が必要です。
例えば、展示のために火災感知器・消火器・消火栓などの消防設備を隠したり、建築基準法で定められている避難通路をふさいだり狭めたりしたとします。
すると、火災が発生した際に、展示者や展示主催者、あるいは展示許可を出した施設責任者が、関係する法令の責任を問われる可能性があります。
また、こういった法令は、展示会場の属する地域等により内容が異なる場合があります。(例:東京都火災予防条例など)
このため、屋内展示の際には必ず、消防設備や避難経路などを施設関係者と確認し、関係法令に配慮しましょう。
また、美術館、博物館などの施設での展示では、土や植物、水など特定の有機物の持ち込みや使用が禁止されていることが多くあります。こちらは、修蔵作品や資料の安全を守るためのルールです。
こういったルールは、文化財保護法、美術館・博物館に関する法令、行政の文化財保護に関するガイドラインに沿って定められていることが多いです。
施設のルールを関係者としっかり確認しながら、展示を実施してください。
詳しくはまた別の記事で解説します。
→展示の安全面とその法律系の記事へ(※現在作成中)
著作権・商標法・肖像権など、他者の権利やその著作物に関係する法律や権利に注意しよう
「著作権法」は名の通り、著作物や著作者の権利等に関わる法律です。
他人の作品等を模倣し勝手に利用してはならないという原則や、その中で例外的に他人の作品を利用できるのはどういった場合か、といったルールが、著作権法では定められています。
「商標法」は、ブランドやロゴマークの権利保護とその使用等に関する法律です。
ロゴやブランドは特許庁に商標登録することで保護されます。登録されている(保護されている)商標を、権利者に無断で使用することは法的に許されていません。
なお、よく耳にする「肖像権」というのは、法律上は明確に定義されていないのですが、簡単に言うと「誰しもが自分の容姿を勝手に使われる事がない権利」のことをいいます。
これらを侵害すると、作品の差止請求、損害賠償請求、謝罪などを求められる可能性があります。
詳しくはまた別の記事で解説します。
→著作権系の記事へ(※現在作成中)
→商標法の記事へ(※現在作成中)
→肖像権の記事へ(※現在作成中)
猥褻表現など、表現内容に関する法律や権利に注意しよう
性器の露骨な表現や過度に性的な表現については、「わいせつ物頒布等罪」などに問われる可能性があります。(刑法175条1項2項)
法定刑は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金もしくは科料です。
すこし難しいですが、法律上の「わいせつ」の定義は、「いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」(最高裁判例昭和26年5月10日刑集5巻6号1026頁)とされています。
よって、例えば、これらを記録したものを頒布したり、展示した場合、上記の刑罰が課される可能性があります。
制作者・展示者だけでなく、モデルやギャラリストの方なども抑えておきたい法律だと言えるでしょう。
詳しくはまた別の記事で解説します。
→猥褻表現など、表現に関する法律や権利などの記事へ(※現在作成中)
売買契約や関連する法律に注意しよう
アート作品の売買には、民法・特定商品取引法・著作権法・個人情報保護法など、さらに多くの法律や権利が関わってくるため、一層の注意が必要です。
例えば、インターネットで作品を販売する際には、「通信販売に関する特定商品取引法」が問題になります。
また、購入者の氏名、住所、購入履歴などは個人情報のため、取り扱いには注意が必要です。
例えば、収集した住所や氏名・メールアドレスに対して展示の案内を送りたい場合には、お客様にあらかじめその旨を公表したり、説明しておく必要があります。
また、よくトラブルになる例として、一点物の作品を販売する際の権利関係があります。
この場合、著作物をそのまま譲渡することになるので、ポートフォリオへの掲載可否・同作品や類似作品の再製作の可否など、購入者と丁寧に同意形成し、契約書に残しておく必要があります。
その他、アート作品の委託販売などでは、そもそも契約書が締結されず、マージンの金額や作品の販売方法等でトラブルになるケースもあります。
関係する法律を確認し、書類を作成しておくことにより避けられるトラブルは多いです。うかつに契約書にサイン等をせず、きちんと相手と諸条件を確認した上で、書面に残しておくといいでしょう。
詳しくはまた別の記事で解説します。
→作品売買に関わるリーガルの記事へ(※現在作成中)
法律がわからん時の調べかた・相談先
創作活動や展示を行う上で、先に挙げた例以外にも、法的に不明な点や不安な点が発生することもあるかと思います。
その際、分からないままに進めて、予期せぬ法的トラブルや裁判沙汰などを招かないよう、以下にリーガルの調査方法や相談先などを紹介しておきます。
インターネットで調べてみる
インターネットで「著作権とは」、「展示 法律」などで検索すると、多くのウェブサイトが見つかります。
ただし気をつけてほしい点として、インターネットに書かれている情報には不正確なものもあります。
なるべく弁護士の書いている記事や行政(特に、文部科学省・文化庁など)が出している記事を参考に、検討してみてください。
書籍で調べてみる
アーティストのための法律関連書籍は多くはないですが、わかりやすく初学者におすすめの一冊はこちらです。
「著作権トラブル解決のバイブル! クリエイターのための権利の本」(2018年
著者:大串 肇・北村 崇・染谷 昌利・木村 剛大・古賀 海人・齋木 弘樹他)ボーンデジタル
また、関係しそうな本に見当をつけることが難しければ、近くの図書館に行き、司書さんへ知りたいことを相談するのも一つの手です。関連する書籍や資料を一緒に探してくれます。
法律相談をやっている事務所や専門家に相談する
アーティスト支援を行う法律家団体 Arts&Law には、無料相談窓口が設置されており、アートと法律に関するウェビナーなども積極的に行っています。
また、一般の弁護士会や、行政の実施する無料法律相談会などを利用するのも良い手段です。
一般的な法律事務所での相談料は、30分5000円程度です。
基本的に「個別具体的な相談にはお金が発生するもの」と考え、無料相談の条件を確認し、事前に相談したい事柄を整理の上、連絡や相談にのぞみましょう。
おわりに
自由に思われがちなアートの制作や展示、売買にも、多種多様な法律が密接に関係しています。
事前に法律を確認することは、作品の制作や展示・販売などにおける大切な行程です。
制作者・展示者・鑑賞者など、皆にとってだいじょうぶなアートのためにも、不安な事柄があればまずはリサーチしたり、それでもわからなければ専門家に相談してみましょう。
記事制作協力
法律家・Y
アートにまつわる法律の質問や、知りたいテーマ大募集
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